大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)138号 判決
原告 石田弘一
被告 山本鹿一
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し布施市長堂一丁目七十五番地上東向木造スレート葺平屋建店舗用建物一棟建坪約十一坪を明渡し且つ昭和二十四年七月七日より右明渡ずみに至るまで一ケ月金二百円の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「前記明渡を求める家屋は原告の所有であつて、昭和二十二年七月十日原告から訴外田中春子に対し賃料一ケ月金五十円、毎月末支拂などの約定で期間の定なく賃貸したものであるが、同訴外人は同年十二月十八、九日頃その賃借権を原告の承諾なく被告に讓渡し、被告にその頃以降原告に対抗しうべき何等の権原なく右家屋に居住しているので原告はその頃右訴外人に対し前記賃貸借を解除した。よつて原告はその所有権に基き被告に対しその昭和二十四年七月七日以降の右居住を理由として、前記家屋の明渡ならびにこれに対する右七月七日以降明渡ずみに至るまで一ケ月金二百円の割合による賃料相当の損害金の支拂を求める。」と陳述し、被告の答弁に対し、「被告主張の確定判決の存することは認めるけれども、(一)右判決は本件家屋に対する原告の所有権、被告の占有及びその権原について何等の判断を示さず理由不備の判決であつて、かかる判決によつては既判力を生ずるに由がないのみならず、原告の請求がこの判決において棄却せられたのは原告が賃借人田中春子に対する賃貸借解除の事実を主張しなかつたためであると考える。(二)そうして右判決によつても被告は本件家屋に対する占有について何等の権原をも取得しえないのは勿論であるのに、右判決後もなお不法占有を続けているのであつて、原告は本訴において右判決後における被告の不法占有を理由としているのであるから、仮に右判決が既判力を生ずるものであつても、本訴はこれによつてその主張を妨げられるものではなく、よつて被告の既判力の抗弁は失当である。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、「被告が原告主張の家屋に居住していることはこれを認めるけれども、その余の原告主張の事実は全部これを否認する。そうして原告はさきに被告を相手方として布施簡易裁判所に対し被告が原告所有の本件と同一の家屋を権原なく占有しているとしてその明渡及びこれに対する昭和二十三年一月一日以降明渡ずみに至るまで一ケ月金五十円の割合による損害金の支拂を求める訴を提起し、昭和二十四年七月六日原告敗訴の判決を受けその判決はすでに確定した。よつて本訴における原告の主張は右判決の既判力に牴触するものであるから本訴請求は失当である。」と陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が本件係爭家屋についてさきに被告を相手方として布施簡易裁判所に対し、「被告が原告所有の右家屋に何等の権原なく居住している。」として、被告に対しその家屋の明渡ならびにこれに対する昭和二十三年一月一日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金五十円の割合による賃料相当の損害金の支拂を求める訴を提起し、事件は同裁判所に係属中昭和二十四年七月六日原告の請求を棄却する旨の判決があり、この判決が既に確定したことは、いずれも当事者間に爭がないところである。
そうすると原告の本訴請求のうち右判決によつてその不存在を確定せられた権利を訴訟の目的(いわゆる訴訟物)とする部分即ち(一)本件家屋の明渡を求める部分及び(二)この家屋に対する一ケ月金五十円(金二百円の請求のうち金五十円)の割合による損害金の支拂を求める部分はいずれも右確定判決の既判力によつて当裁判所もまたこれと異る認定をなすことができず、よつてこれを失当とするの外なく、またその余の部分即ち一ケ月金百五十円(金二百円から前記金五十円を控除した残額)の割合による損害金の支拂を求める部分も既にその前提たる原告の家屋明渡請求権の存しないこと前認定のとおりである以上これまた肯認する由がない。
この点について原告は「前記確定判決は原告の所有権、被告の占有及びその権原について何等の判断を示さず理由不備の判決であつて既判力を生ずるに由ないものであるのみならず、原告の請求がこの判決において棄却せられたのは原告が賃借人田中春子に対する賃貸借解除の事実を主張しなかつたためであると考える。」といい、また「被告は、この判決によつてもその占有について何等の権原を取得しえないのは勿論であるのに、右判決後もなおその不法占有を続けているのであつて、原告は本訴において右判決後における被告の不法占有を理由としているのであるから、仮に右判決が既判力を生ずるものであるとしても、本訴における原告の主張はこれによつて妨げられるものではない。」と主張する。しかしたとえ理由不備の判決であつてもその請求原因たる権利又は法律関係即ちいわゆる訴訟物がその判決の基礎となつた口頭弁論における当事者の陳述(判決書における「事実」の記載は單に右陳述を摘記したものにすぎない。民事訴訟法第百九十一條参照)によつて明らかにすることができ、且つ判決書において右訴訟物の存否を判断したことが明らかである(從てかのいわゆる訴訟成立要件を欠くものとして爲された判決とはこの点において区別せられる)限り、その判決が確定した以上既判力を生じえないとすることができない。(但しその訴訟物の一部が判決せられていず且つそのことが判決書の記載によつて明らかである場合には、その判決せられていない部分については既判力を生じえないこと勿論である。民事訴訟法第百九十五條参照)のみならず、その範囲もまた明確であるといわなければならない。そこで成立に爭のない乙第一号証(判決正本)によると右判決によつて確定せられた権利の範囲(いわゆる既判力の客観的範囲)は、右判決書の主文及び事実(「請求の趣旨」及び「請求の原因」)の部分における記載によつて明らかなように、(右判決書中の事実の記載がその基礎となつた口頭弁論において当事者の陳述しなかつた事実を摘記せられたものである、とのことは本件両当事者の主張しないところである。)原告が被告の占有によつて受けている所有権妨害の停止を求める請求権(いわゆる物権的請求権又は物上請求権)及びこれに基く損害賠償請求権(一ケ月金五十円の割合による)であつて且つこれに限られ、從て本件家屋に対する原告の所有権、被告の占有及びその権原の各存否は單に右物上請求権存否の判断の前提として判断すべき事項たるに止まり、それ自体右確定判決の既判力の内容を成すものでなく從て又これらの存否が右の判決で如何ように判断せられようとも、それはこの判決の既判力の範囲を知る上に何等の関係がないわけであるから、この判決が既判力を生じえないものとする原告の主張は失当であり、又訴外田中春子に対する賃貸借解除の事実は本來この訴訟においてはその請求を理由あらしめる事実としてもこれを主張する必要のないものであるのみならず原告が前訴において主張しうべくして主張しなかつたものであるから、前判決の既判力に妨げられて本訴においてこれを主張することができない。(民事訴訟法第五百四十五條参照)そうして被告は、原告の主張によると、昭和二十二年十二月頃以降引続き本件家屋に居住(即ち占有)しているのであつて、前判決に接着する口頭弁論の終結後に始めて占有し又はその占有の性質を変更したものではないから、その占有は前後を通じ同一のもの、言い換えると前訴における物上請求権も本訴におけるそれも共にその発生事実(占有)を一にし從て本訴における物上請求権もまた前記確定判決の既判力の範囲内のものといわなければならず、なお右物上請求権を前提とする損害賠償請求権(但し一ケ月金五十円の割合による)もまた同様であるから、原告の右主張はいずれも失当である。
以上説明のとおり原告の本訴請求は全部失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内貞次)